まずまずの天気だった紅葉の八が岳山麓の二日間

−タンノイ・オートグラフと秋晴れの紅葉を求めて−   


まずまずの天気だった紅葉の八が岳山麓の二日間−フェラインの旅行会−
             

倉島 収(千葉県K.449)


1、まえがき、


 モーツアルテイアン・フェラインの有志10名により、八が岳山麓の原村にあるタンノイ・オートグラフが楽しめるペンション・ムジカに一泊し、秋深まる八が岳高原の景観や紅葉を車で見て回ろうという旅行会が計画され、去る10月26日(日)、27日(月)の二日間楽しんできた。天気はまずまずであったが、山には雲が掛かって展望が出来ず、残念ながら多少の不満が残ったが、良い写真が沢山撮れたので、例によって 旅行写真集を作成して記録に残しておこうと考えたものである。


2、清春白樺美術館にて、

 26日お茶の水駅10:00時に集合し車で出発したが、途中の道路は空いており、談合坂で他の車とケイタイで連絡を取って合流した。昼食の信州そば屋「翁」には1時前に着いてしまい人数が多かったので待たされたが、いくら日曜日でもこんなに待たされるとはと驚いた。退屈の余り犬の写真を撮っていたら順番がきた。全員集合して現地のざるそばを楽しんだ後、皆満足したか写真を撮ることになった。
 それから北杜市の白樺派の画家の展示のほか、ジョルジュ・ルオーの作品で名高い「清春白樺美術館」を訪問した。北杜市と聞いてピンと来なかったが、清里村と大泉村が合併したと聞いてやっと分かるようになった。美術館は、晴れていれば八が岳がくっきりと見える広々とした高台にあった。入口の正面には、堂々としたアトリエ・ラ・リュージュの大きな建物があり、創作活動の中心となる施設や陶芸工房などがあり、小高いところに清春白樺美術館があり、その奥に白樺図書館やルオー礼拝堂、梅原龍三郎アトリエなどが配置されていた。





 ルオーの作品が50点ぐらいあったろうか。大変なコレクションであると思った。あの小林秀雄がルオーの作品が好きだったと言うことを知り、売店で売られていた小林秀雄の「美と出会う旅」を購入してきたが、彼は何点も自ら買い求め自宅に掲げていたと書かれていた。アップしたルオーの作品は、お気づきの方が多いと思うが、美術館の入場券の絵をスキャンしており、標題は「聖顔」である。









  ルオー礼拝堂の外と中で写真を撮ったが、礼拝堂内に小型のパイプオルガンがあった。手を触れてはいけないようであったが、売店にこの礼拝堂のオルガンのCDが売られていたので、オルガンの音を聞いてみたいと思った。


3、ペンション・ムジカにて、

  ペンションへの途中でモーツアルト喫茶店に立ち寄り、コーヒーを飲んできた。その店は、さすがモーツアルトの店で、珍しいモーツアルトグッズやレコードなどが売られており、とても珍しい1997年モーツアルト劇場の日本語オペラ「救われたベチューリア」の新品ビデオを700円で購入した。原村のペンション・ムジカには4時過ぎに到着し、近所にある八が岳温泉「もみの湯」で汗を流してきたが、日曜日の午後5時というゴールデンタイムだったせいか、脱衣所から湯船や洗い場に至るまで超満員で驚きの連続であった。






 原村のペンション・ビリッジは、第一が17棟、第二が50棟あり、それぞれ、ペンションの特徴を示す名が付けられていた。温泉が混んでいたのは、ここに宿泊するお客さんが一斉に入りに来たからだった。ペンション・ムジカは第二村にあり、全てのペンションが舗装道路で区画されており、それぞれがゆとりのある優雅なたたずまいであった。 生け垣に使われていたどうだんつつじが見事に紅葉していた。




 ビールとワインで乾杯をし、ムジカのおばさんの手料理を楽しみながら、持ち込んださまざまなワインで話しに夢中になりながら時間を忘れた。皆が持参したLPレコードを掛けてオートグラフを鳴らし始めたのは8時過ぎであったろうか。しかし、何となくオーデイオの調子が上がらずこんなものかと思っていたら、10時過ぎくらいになって次第に調子が出始め、11時過ぎになって最高の盛り上がりとなった。ベートーヴェンの第7番が鳴っていたときは、思わず身体が踊り出すようなわくわくした音が鳴り響いていた。これがタンノイの身体を揺さぶる音かと納得したような気がした。





翌朝は7度Cの寒さの中、早朝散歩を楽しみ、ペンション村の大きさに驚いた。ペンションの手作りの朝食を楽しんでから、ペンションの古いレコードやラッパのついたSPレコード蓄音機などを見せて貰い、出発したのは10時頃であろうか。

4、八が岳山麓のいろいろな施設を巡り歩く。

 はじめに、八が岳中央農業実践大学校で収穫されたカボチャなどの農園野菜などを陳列した市場を見た。折からのハロウイーン用のカボチャ祭りが行われており、とても賑やかであった。次いで、柳生博さんの経営する「八が岳倶楽部」を訪問した。柳生博さんが丹精込めて造り育てた寛ぎの庭園は、一般の方でもパプリックスペースとして散策を楽しめるよう設計されていた。園芸コーナーにはここでしか見られないような創意と工夫に富んだものが飾られていた。園内を一回りして出口で写真撮影となった。






 続いて、富士見高原の紅葉を見ると言うことで車で高原を走り回り、昼食は清里の「清泉寮」でビーフカレーを食べてきた。「清泉寮」は、米国人宣教師が昭和13年に設立したキリスト教指導者訓練キャンプ地であったが、現在は日本初の環境教育専門のキャンプ場にもなっている。月曜日であるのにどこも混雑しているのには驚いた。八が岳は高い部分に雲がかかってよく見えなかったが、昨夜は冷え込んだせいで頂上付近は白みがかって見え、霧氷のような状態であろうと思われた。







5、山梨の昇仙峡を訪問する。

 「八が岳倶楽部」で甲府市の女性会員が駆けつけてくれ、彼女の案内で甲府の「昇仙峡」に出掛けた。月曜日だったので案内人がつくと一番奥の覚円峰を望めるところまで、一車線の山道を車で行くことが出来た。ここはまだ紅葉は黄ばんだ程度で、これからと言うところであった。







帰りに甲府の会員邸を訪問し、手作りのケーキを頂いたり、ピアノを弾いて貰ったりした。夕食は近くのレストランで名物の「甲州ほうとう」を食べ、そこで東京まで2台の車に別れて解散となった。7時頃出発し、御茶ノ水駅に着いたのは8時半であり、ETC車だったので一度のストップもない順調な車の走りであった。

6、終わりに、

 久し振りにモーツアルテイアン・フェラインの仲間と一緒に、旅行を楽しんできた。 毎月一回の例会だけのお付き合い以外に、以前は国内旅行も海外旅行も行っていたが、最近はリーダーが不在となって途絶えていた。この旅行記が、この種の旅行の復活の機会となればという願いを込めて、作製をしてみた。今回はドライバーがビールもろくに飲めず草臥れて大変だったと思うが、次の機会も宜しくお願いしたいと思う。

(以上)(08/11/03)


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