「2018モーツァルト週間」への旅に参加して〜郵船トラベルの「モーツァルト」の旅〜

一日平均、3モーツァルト・コンサートの感想記ー



「2018モーツァルト週間」への旅に参加して〜郵船トラベルの「モーツァルト」の旅〜

一日平均、3モーツァルト・コンサートの感想記ー             

  倉島 収(千葉県柏市K.449)

1、はじめに−これで9回目のM週間ですが、今回も新鮮で楽しい素敵な音楽の旅でした− 

2018年の旅行から、ザルツブルグだけに5泊して、一日三回のコンサートに集中でき、観光は市内観光のみとした音楽祭向けのモーツァルト好きのためのツアーになったので、私のようなマニアックなタイプのものには、とても好都合な企画となった。雪靴もぶ厚いコートも不必要な暖冬に恵まれて、4日間で12コンサートも楽しむことが出来、体力的にもゆとりのあったツアーは初めての体験であり、帰国してみて82歳になる来年も、元気であれば行ってみたいとすら、考えている次第である。以下は、例年通りに、このツアーの音楽祭の報告記であり、例年と違って観光の部は、大幅に削減されている。

  今回のコンサートの目玉は、まずは、ヤーコプスとベルリン古楽アカデミーによるオペラ「後宮」、ガーデイナーとイングリッシュ・バロック・ソリイスツのコンサートであり、個人的には、私のフェラインのK番号であるK.449(ピアノ協奏曲第14番)を、ピアノ五重奏曲で演奏してくれるという初めての体験をするためであった。結果的にほぼ満足する内容であって、この音楽祭は、やはり、私に取って、得るところが多いフェステイヴァルであるという確信を得た。


2、「今回のモーツァルト週間の旅」の概要−

     今回の旅行は、ザルツブルグのモーツァルト週間に限定され、観光よりも音楽を重視した旅であったせいか、結果的には、途中からの参加を含めて8名程度の小人数であった。欧州において異常気象の情報が入り心配であったが、行ってみれば結果的には思わぬ暖冬に恵まれて、とても過ごしやすかった。

       ミンコフスキーからM週間の采配者がヤーコプスに変わって、オペラに重点が来たかと考えていたが、テーマは「モーツァルトとバッハ」でなかなか凝ったプログラムが多く、ほぼ、従来通りの満足出来るコンサートが多かったという印象であった。今回は、最初の日に見たシフとガーデイナーの二つのコンサートが最高の出来だったので、良かったと言う印象が強いのであろう。また、切符が取れていなかった博物館のコンサートも、直前になって高いものについたが、現地の辻井さんのお陰で切符が取れ、予定通り、以下のスケジュール表に示すとおり、12コンサートを見ることが出来た。なお、左の写真は、厚さ360ページに及ぶM週間のコンサートの解説書であり、右の写真は、厚さ80ページの2019年のM週間のプログラム(切符申込書)となっている。



◆1月27日(金)羽田発15:20、フランクフルト着19:10、同発21:00、ザルツブルグ着 21:55、ホテル到着23:00、
◆1月28日、主、11:00、シフのピアノと指揮、管楽8重奏曲K.388、P協第24番K.491、他、
 (日)   追、15:00、シューマン四重奏団、弦楽Q、K.173&387およびK.405、他、
     主、18:00、ガーデイナー指揮、交響曲K.208+102、K.318、K.364&K.543、
◆1月29日、 主、11:00、バレンボイムのピアノコンサート(オール・ドビュッシー、)、
 (月)    別、15:00、M住家、ワルターFLコンサート、K.394、399、401、154a、
      追、19:30、バロック・オーケストラ、交響曲K.319&K.165、他、
◆1月30日、 追、11:00、シューマンQ、ピアノ5重奏曲K.412&K449、他、
 (火)    (昼食と聖ピータース教会、ナンネルの墓、聖セバスチャン教会)
      主、17:30、ヤーコプスの「後宮」K.384、モーゼス演出、ベルリン古楽アカデミー、
◆1月31日  別、9:00、 ハンフリート・ルッケ、オルガンR、K.574、K.620、K.594、他、
       (水)    追、11:00、 ベルリン古楽アカデミー、K.388およびK.361、他、
      別、15:00、 モーツァルテウム大学O、交響曲K.201、K.190、他、
      主、19:30、 アルティノグリュ指揮ウイーンフイル、K.297&K.503、他、
◆2月1日(木) ザルツブルグ14:30出発、フランクフルト乗り継ぎ、 ◆2月2日(金)、13:05羽田帰国、

    このツアーに、日本M協会の仲間お三人が参加したほか、別にフェラインの澤田会長がこのM週間に出席しており、ツアーの仲間も少なかったので、直ぐ親しくなれて、全く、安心な退屈しない旅であった。当初から、これが年齢的に最後の海外旅行になるかなと心配していたが、私より先輩がお一人、足の悪い方がお二人おられ、観光旅行がメインでないモーツァルトの音楽ツアーなら、来年以降も行けそうだという感触を持って帰って来た。


3、雪のないザルツブルグの2018年M週間のコンサートの様子−

     雪のない暖冬のザルツブルグの様子に驚き、ホテル名がCrowne Plaza PitterからImlauer Pitter Hotelに変わっており、そのせいか部屋の内装や置物などが変わった様に感じた。6階の食堂も、Sky Bar&Restaurantとなり、エレベーターも少し便利になったように思った。5泊同じ部屋で過ごすので、身の回りが大事であった。

3-1、シフとカペラ・アンドレア・バルカのコンサート、

   到着して最初のコンサートがモーツァルテウムの大ホール(以下、大ホールと略)であり、席は右側二回の最前列であった。曲目は、1)バッハの2台のピアノのための協奏曲BWV1060、2)モーツァルトの管楽セレナーデハ短調K.388、3)バッハの2台のピアノのための協奏曲BWV1060(Vn曲を編曲)で休憩が入り、4)として郵船のカタログでは略されていたが、「音楽の捧げもの」BWV1079から3曲が演奏されてから、最後に5)ピアノ協奏曲ハ短調K.491というオールハ短調の凝った盛り沢山のプログラムであり、もう一人のピアニストは、若いS.ノスラテイという女性であった。


      コンサート・マスターのE.ヘーベルトや塩川ゆう子さんはお元気そうに見えていた。最初の1060の第二楽章はシフがアンコールでよく弾くピッチカート伴奏の美しい曲であった。管楽8重奏のセレナードは珍しく、オーケストラの方も座って聴いていた。3曲目のバッハは、2台のヴァイオリンの曲を2台のピアノで弾いた初めて聴く演奏であった。休憩後に久し振りで聴いたバッハの「音楽の捧げもの」が心に響く演奏であった。シフの弾き振りの第24番K.491は、最大編成の協奏曲で、まずまずの響きでホール全体が鳴っているように聞こえていた。とても良い曲が5曲も続き、響きも良く、さすがシフと、ご満悦のコンサートであった。


3-2、シューマン弦楽四重奏団による盛り沢山のコンサート、

   連れの皆さん方は、州立劇場の「フィガロの結婚」の方に行かれ、モーツァルテウムのウィナー・ザールでのシューマン四重奏団は、私一人であった。自由席で左隅に座り、初めての四重奏団を聴いたが、男三人はどうやらシューマン3兄弟に別姓の女性の4人で構成された若い団体で、別の日に行なわれるハーゲン四重奏団のデビュー時のような感じなのであろうか。


      曲目は、弦楽四重奏曲ニ短調K.173、ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲K.423で休憩し、5曲の4声フーガK.405、および弦楽四重奏曲ト長調K.387であった。演奏は若い団体で威勢が良く、キビキビした感じで進んでいたが、受け入れる当方も、やや疲れが出たせいか、最後の方は余り記憶に残っていなかった。彼らは、明日のピアノ協奏曲で、もう一度、聴くことになり、それが本命であると考えていた。


3-3、ガーデイナーとイングリッシュ・バロック・ソリイスツのコンサート、

      この古楽器による演奏会は、第一曲が交響曲ト長調K201+102という「羊飼いの王様」の序曲にフイナーレを後日に追加した曲、2曲目は、I.ファウストのヴァイオリンとA.タメステイのヴィオラによる協奏交響曲K.361、休憩を挟んでからはK.318 とK.543の2曲の交響曲というオールモーツァルト・コンサートであった。祝祭大劇場での古楽器集団の演奏であり、響きが通るかどうか心配されたが、幸い座席は一番前の中央で、左にファウストのヴァイオリンが、右にタメステイのヴィオラが間近に聞こえた席であったので、まったく問題はなかった。 

      最初の交響曲「牧人の王」は、第二楽章のアンダンテイーノに入るとソプラノのA.Hicksが素晴らしい声でアリアを歌い出し、これがカークビーのようなノン・ヴィブラートの透き通るような美しい声を最前列で聴いて唖然とさせられた。シンフォニーにアリアを入れた演奏は初めて聴いて驚かされた。また、続くファウストのヴァイオリンとタメステイのヴィオラも良く絡み合い、伴奏の弦楽合奏も実に美しく、最前列でソリストたちの美しい音色を耳にして茫然となっていた。休憩後の交響曲の2曲も、ピリオド奏法の素晴らしい活気のある生き生きした演奏で、大ホールでの響きを意識した演奏のように思えた。ザルツブルグだけで体験できる実に素晴らしいコンサートであり、感動ひとしおであった。

       かくてザルツブルグの3コンサートの初日は終わったが、午後からオペラを見た皆さんは、充実したコンサートが前後にあったので、大変に疲れたと思われる。シフのバッハの心に響く演奏と、ガーデイナーの交響曲とソプラノのアリアや、ヴァイオリンとヴィオラのソロの美しさは、一生忘れられないと感じてきた。


3-4、バレンボイムによるオール・ドビュッシー・コンサート、

     モーツァルテウムの大ホールの舞台で、バレンボイムの名が記されたスタインウエイを壇上に載せ、舞台の左右両側にもイス席の観衆を詰め込んだ超満員のホールで、ダニエル・バレンボイムのオール・ドビュッシー・コンサートが開催された。曲目は、ドビュッシーの前奏曲第1集L117、版画L100、二つのアラベスクL66、喜びの島L106、などであった。私はロマン派のピアノまでは大好きであるが、ドビュッシーは聞く耳を持たず、恐らくは名人による堂々とした大変な名演奏であったろうが、残念ながら理解することは出来なかった。彼はピアニストとして、ピアノソナタ全集を残し、ピアノ協奏曲も良く弾いてきたが、最近は指揮者としての活動が中心となり、時々、コンサートの前座的に20番代のピアノ協奏曲を弾き振りする程度になってしまった。しかし、来年のプログラムを見ると、ミカエル・バレンボイム氏(ご子息か?)のヴァイオリンとともにピアノ三重奏曲で、このM週間に出席するようである。名人のご子息との共演の例は、過去にブレンデル父子に例があった。


  3-5、F.ビルサクのワルター・フリューゲルによる博物館でのコンサート、

      このモーツァルトの住居(博物館)に置かれたハンマー・フリューゲルを用いた人数50人位のミニ・コンサートは、出発前から郵船さんに切符の手配をお願いしていたが、何と、コンサートの1時間前に、70ユーロの切符が100ユーロの値段で、現地の辻井さんのご努力で、昨年同様に、招待者用の切符を裏口入手することが出来た。感謝・感謝である。
      コンサートの曲目は、モーツァルトの小品で、組曲ハ長調K.399(断片)、プレリュードとフーガハ長調K.394、オルガンのためのフーガト短調K.401、二つのフーガK.154a、などの他、バッハやヘンデルの小品であった。このコンサートは、モーツァルテウムのU.ライジンガー教授のドイツ語と英語による解説とフォーリアン・ビルサクによるモーツァルトのワルター・フリューゲルで行なわれるものであった。コンサートは、丁寧に弾くフォルテピアノのにより進んでいたが、K.154aが始まった頃に、観客のご老人が突然に倒れてしまった。介抱と一時処置、救急車や介護者への通報と到着、車椅子による退場などが行なわれ、20分ほど中断されていた。どうなるかと見守っていたが、介抱・救助作業が淡々と行なわれて、コンサートは、無事、再開された。しかし、突然のハプニングにより、場内はコンサートは続いたものの、興が薄れてしまい、余りよく分らないままに解散となってしまった。このような体験は初めてのことであり、皆さんの手際の良さに驚いて見守るばかりであった。


3-6、バロック・オーケストラによるバッハ・モーツァルト・コンサート、

      2日目のメインとなった大ホールでのバロック・オーケストラは、初めての団体で、コンサート・マスターが指揮を兼ねる小人数のピリオド奏法によるその名の通りのバロック・オーケストラであり、全員が立って演奏していた。このコンサートの曲目は、前半の第一曲は、J.S.バッハのソプラノとオーケストラのためのカンタータ第51番「全地よ、主に向かいて歓喜せよ」BWV51であり、第二曲は同管弦楽組曲第3番ニ長調BWV1068であった。休憩後は、モーツァルトのモテット「踊れ、喜べ」K.165と交響曲第33番変ロ長調K.319の2曲であり、まるでバッハとモーツァルトのソプラノ・コンチェルトと管弦楽曲との聴き比べのような凝ったプログラムであった。


      バッハのカンタータにソプラノ・コンチェルト的な曲があることを始めて知ったが、曲の構成はソプラノのアリアに続きレチタティーヴォとなり、再びソプラノのアリアとなり、コラールが続いてから、最後に「ハレルヤ」のソプラノのアリアで輝かしく結ばれるもので、モーツァルトのモテットに「コラール」を加えると、ほぼ同じ構成になってしまい、まるで、カンタータとモテットの聴き比べの面白さが仕組まれていた。真っ赤なドレスがよく似合う長身のアンナ・ルチア・リヒターが女性のトランペット奏者と二人でソリストとして登場して、トランペットの伴奏で晴れやかに歌い始めて驚いたが、何と初めて聴く曲。アンダンテのレチタティーヴォに続いて、チェロの伴奏のアリアが続き、コラールは二つのヴァイオリンとチェロの伴奏であり、最後のハレルヤは、ソプラノとトランペットとオーケストラによる晴れやかな演奏で、実に華やかな曲であった。
      続く組曲第3番は、序曲に続いて第二楽章がバッハのエリアとして有名な曲であるが、この演奏は右サイドに3本の長いトランペットの合奏が賑やかであり、各楽章においても各楽器が冴えた音を出しており、昔聴いて印象に残っているモダン楽器の組曲と、今回のピリオド楽器によるピリオド奏法の演奏とでは、曲が異なるくらいに印象が異なって、生き生きとして実に冴えた印象であった。やはりバッハの曲は、腕達者なピリオド奏法により聴かなければ面白くないというアーノンクールの名言が、身に滲みて分らせてくれたような演奏であった。

      休憩後のモーツァルトのソプラノ・コンチェルトも、交響曲第33番も、コンサートマスターの合図と目くばせによる演奏であったが、このオーケストラは実に一体感があり、とても颯爽とした演奏であった。しかし、前半と後半とを比較すると、バッハの曲の方が遥かに予想を超えた変化があり、コンサートとしては前半の方が面白かったという気がする。
       この演奏会の夜、2日目となったせいか、スーパーで買ってきたワインでホテルの一室で有志で乾杯をしたが、異なった変化のある演奏会が続くので、皆さんご機嫌で楽しい夜を過ごした。


3-7、K.アームストロングのピアノとシューマン弦楽四重奏団によるピアノ協奏曲のコンサート、

      3日目の最初のコンサートは、11時から大ホールで、座席は前から11列目での左側であったが、四重奏の四人がピアノの前に位置していたので、今日のピアノのキット・アームストロングの姿や手の動きは、余り見えなかった。彼は、昨年、ザルツブルグ・デビューした若いピアニストで、資料によると1992年ロサンジェルス生まれと言うから、まだ25歳の東洋人である。去年はルノー・カピュソンと組んで、ヴァイオリン・ソナタのシリーズでピアノを担当し、とても明るい良い音を出していた。今回は、協奏曲のソリストとしての登場であり、曲目は前半がピアノ協奏曲第12番イ長調K.414とカール・フイリップ・エマニュエル・バッハのピアノ協奏曲であり、休憩後はピアノ協奏曲第14番変ホ長調K.449となっていた。


      最初の第12番のピアノ協奏曲は、四重奏相手にはもっともよく似合う温和しい曲に思われるが、第二主題のピッチカートの伴奏には、聴くたびに気持ちが和らぐように思われる。アームストロングのピアノはとても輪郭がすっきりしており、カデンツアも彼のオリジナルなものを弾いて意欲的であった。第二楽章も室内楽的であり、フィナーレも踊るようなロンド主題が明るく爽やかでとても楽しかった。一方の、C.P.E.バッハのピアノ協奏曲は、初めて聴く曲で、ほぼ同じ年代に作曲された曲であったが、モーツァルトの曲のようにメリハリがなく、面白く聞こえて来なくて、ガッカリであった。
      最後のピアノ協奏曲第14番K.449は、私のフェラインの番号曲であり、モーツァルトがこの曲を、1784年2月9日に彼の自筆作品目録に第一曲目に記入したことに因んで、2月9日生まれの私のK番号に借用したものであり、オーケストラで聴いても、今回のように作曲者本人が弦楽合奏でもと記載しているように演奏されても、私個人はいつも自分の曲のようにご機嫌で聴いている曲である。特に、弦楽四重奏団と演奏するときは、ピアノ五重奏曲のスタイルとなり、個人的にはコントラバスが入った方が良いのであるが、フォルテピアノのピリオドスタイルでも、今回のようにモダン楽器によるピアノ五重奏曲でも、演奏が良ければ楽しく聴ける曲である。アームストロングはこの曲でも、オリジナルなカデンツアを用いており、その意欲的なところを将来のモーツァルト弾きとして大成するために買いたいピアニストであると思った。まだ若いので、今後、どう成長していくか、見守っていたいと思っている。


4、ザルツブルグでの昼食と聖ピータース教会と聖セバスチャン教会を訪れて、

     3-7の大ホールでのコンサートを終えて、この演奏会を楽しんだ4人の皆さんで、まず、川向かいのスーパーでワインなどの今夜の夜食の準備をしてから、そろそろ恋しくなってきた日本食風な食事をしようと、近くの日本食堂風の「長野」という中国人経営のレストランにご案内した。日本と同じようにメニューに絵があり、量がどれだけあるかチェックしながら、ビールとお寿司のお弁当を注文し、一息して乾杯をした。4人でチップを入れて60ユーロであり、残さず全部片づけたので、まずまずのリーズナブルな食事であった。


     それからゆっくりと散策し、聖ピータース教会でハ短調ミサ曲を初演した一番古い寺院であることをご説明し、中央のご本尊のお参りをしてから、コンスタンツエが歌ったであろうパイプオルガンのある演奏会席を見上げてきた。そして、ナンネルとミヒャエル・ハイドンのお墓として知られるカタコンベのある場所をお参りしてきた。
     少し疲れてきたので、モーツァルト広場からタクシー乗り場に行き、タクシーで聖セバステイアン教会に行き、そこで10分ほどタクシーを待たせて、レオポルドとコンスタンツエとニッセンが眠っているお墓に参拝をしてきた。これらは、何回かザルツブルグを訪れても、見過ごすことが多いスポットのようで、皆さんから喜ばれたので安心をした。


  

3-8、モーツァルト劇場(旧祝祭小劇場)でヤーコプスのオペラ「後宮」K.384を見た、

指揮;R.ヤーコプス、演出;A.モーゼス、ベルリン古楽アカデミー、ザルツブルグ・バッハ合唱団、
(配役)コンスタンツエ;R.ヨハンセン、ベルモンテ;S.コールヘップ、ブロンテ;N.ヒレブランド、ペドリロ;J.プレガルデイエン、オスミン;D.ステフェンス、セリム;P.ローマイヤー、

   新しく改装されたモーツァルト劇場は初めてであったが、座席は何とオーケストラピット前の最前列で、座席は左にコンマス氏、右にヤーコプスが位置する最高の席であった。そのため、コンマス氏の古楽器の美しいヴァイオリンの音色が楽しめ、ヤーコプスの指揮する身体の動きが自然に目に入り、ヤーコプスのさらに右側からは、実に美しいフォルテピアノの音がいつも聞こえてきた。このオペラは、本来、レチタティーヴォがなく、セリフで進行するオペラであるが、この演奏では、ヤーコプスと演出者により、アリアの間にセリフばかりでなくいろいろな聴き慣れない場面やフォルテピアノの音楽などが追加されていたのがもの凄く気になった。


      序曲が古楽器の音色で美しく開始すると、直ぐにも舞台では、ベルモンテ以外の余分な人が登場しており、また、続くベルモンテとオスミンとのやり合いにも、絶えず余計なものが舞台にあり、違和感がありながらオペラは進行していた。しかし、それが決定的になったのは、セリムとコンスタンツエの登場であり、異常に鋭いトルコ風の響きと二人の豪華さであり、二人は結婚式のように登場し、それを撮影するカメラ部隊が大勢おり、それらがこの後も、いつも舞台のどこかにいてうるさかった。セリムの存在が必要以上に多くて気になり、女二人が敵の誘惑に負けたような印象を持ちつつ舞台は進行していたが、4人の劇的な再開後の四重唱では、女二人の健在ぶりが証明されて、いつもの「後宮」のスタイルで、第1幕は終りとなっていた。
      美しい音の洪水で、舞台はどうでも良くなりつつあったが、ここでスパークリング・ワインを飲んで目を覚まし、後半の舞台に挑んでいた。女二人が出てこないいらいらする脱出劇を見ながら、案の定、4人が簡単に逮捕されてしまって、オスミンの元気の良さとセリムの動きと饒舌振りに驚かされていた。捕らわれて歌う二人の劇的な愛の二重唱を、セリムを始め全員が見ており、それがセリムの寛大な赦しに繫がったようだ。余分なものが沢山ついていた舞台であったが、めでたしメデタシで終わったようでホッとした。しかし、始めから最後まで、コンマス氏のヴァイオリンの響きと右で鳴るフォルテピアノからソナタが流れてきたり、木管8重奏の思わぬ響きがあったり、古楽器の美しいオーケストラの音の洪水で圧倒され、最前列の私に取っては歌や舞台はどうでも良くなって、音だけに堪能した「後宮」劇であった。


      休憩時にコンマス氏に頼んで撮った写真が良く撮れたので、カーテンコールでの許された写真とともに掲載しておこう。コンマス氏はB.フォルク氏であり、普段は指揮者を兼ねたリーダーであった。カーテンコールでヤーコプスが左腕を挙げて客席に応えるシーンも上手く撮れていると思う。この舞台は全般的に余計に感じた部分が多かったが、恐らくDVDでよく見るとその理由や背景があって、演出的な説明が出来ている筈である。この舞台では、カメラマンが大勢いた(笑い)ので、後日、DVDでこの舞台が見られることを期待しておきたいと思う。


3-9、大ホールの澄んだオルガンの響きが忘れられないH.ルケ氏のオルガン・コンサート、

       早朝の9時から、モーツァルテウムの第ホールで、オルガン小品のソロ・コンサートがあった。このお馴染みのホールで、正面のパイプオルガンの音をまともに聴くのは初めての体験。最初の第一曲、バッハの幻想曲とフーガBWV542が鳴り響いたときには、その澄んだ音色とホールを揺るがすオルガンの響きに、感動の念を持って聴いていた。続いてお馴染みの小ジークK.574やアダージョとアレグロK.594が聞こえて来たときは安心したが、バッハのコラールBWV741など知らない曲が出てきたときには、身が引き締まるような気持ちで神妙に聴いていた。教会のオルガンでは残響のせいか音が混濁するような気がするが、このホールでは実に音が透明であり、音楽はやはりコンサートホールで聞くべきであると思ったりした。


       短いコンサートであったが、これまで音を聴く機会がなかった飾りのようなパイプオルガンの実力を知って、このホールはさすが良く出来ていると、改めて深く感慨を覚えてきた。今日は、初めての1日4コンサートの日であり、私は続く11時からのこのホールでの、昨夜のベルリン古楽アカデミーの木管グループのコンサートを待っていた。一人であり、時間があったので、「魔笛」の小屋に近寄ってみたり、昨夜の「後宮」の理解できていない演出を考えたりしていた。


3-10、ベルリン古楽アカデミーの木管アンサンブルの優雅な響きを聴く、

      昨夜のベルリン古楽アカデミーの「後宮」で優雅な響きを聴かせてくれたこの楽団の木管グループのコンサートは、曲目がなかなか聴けない曲なので、非常に期待していた。最初の曲は、サリエリの2オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットのための8重奏曲で初めて耳にする曲。モーツァルトが亡くなった後に作曲された曲なのに、何かしら生き生きした処がなく、つまらない興が乗らない曲であった。続いて同じ構成のハ短調の8重奏曲K.388は、今回のシフのコンサートでも演奏されていたが、このベルリン古楽アカデミーの方が、座席のせいか響きが充実して聞こえていた。


      このコンサートの目玉は、この13管楽器のためのセレナーデK.361であり、先の8重奏曲に対し、+2バセットホルン+2ホルン+1コントラバスの構成であり、まるでオーケストラのように良く響いていた。私はこの曲が大好きであるが、実演に接したことは殆どなく、冒頭のラルゴの充実した響きから、明るい颯爽としたアレグロが素晴らしかった。2曲目のメヌエットも、珍しく二つのトリオを持っており、実に堂々と進行し、続くアダージョでは、映画「アマデウス」のサリエリの驚く表情を思い出していた。後半の変奏曲も実に豊かな響きがしており、このコンサートによって、私はこの曲の古楽器による演奏を堪能し、ブリュッヘンが指揮したこの曲の古楽器のLDを思い出していた。


3-11、モーツァルテウムの大学の交響楽団の二つのヴァイオリンのための協奏曲のコンサートを聴く、

        この日の3つ目のコンサートは、同じ大ホールにおけるモーツァルテウムの大学の交響楽団のコンサートであり、指揮者はB.シュミットであった。曲目は、バッハの二つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV1043であり、第二曲がモーツァルトの交響曲(第29番)イ長調K.201であった。休憩の後は、モーツァルトの二つのヴァイオリンとオーケストラのためのコンチェルトーネハ長調K.190であり、バッハの作品と聴き比べる趣向のように思われた。最初のバッハの作品は、今回のツアーでは2度目であり、最初のシフのコンサートで2台のピアノで弾かれていた。このコンサートでは、正規のヴァイオリンで演奏され、第一ヴァイオリンが指揮者を兼ねており、第2ヴァイオリンはL.カルルスという青年であった。この曲は実に良く聴かれる曲で、二人のヴァイオリンも競い合い、穏当な指揮振りで進行し、無難に演奏されていた。続く第2曲目のモーツァルトの第29番K.201のシンフォニーは、非常に好んで演奏される曲であり、私の「映像のコレクション」でも7演奏と第25番のト短調K.183の11演奏と並んで、演奏機会が多い曲である。この演奏でも、第一楽章から爽やかな親しみ易い主題が流れだして一気に進行する曲想であり、この若い大学交響楽団が生き生きと演奏しており、良い気分であった。


        休憩後の二つのヴァイオリンとオーケストラのためのコンチェルトーネハ長調K.190は、指揮者のB.シュミットが指揮に専念し、第2ヴァイオリンにB.M.ギルモアが加わって二つのヴァイオリンのソリストになるほか、この演奏では第一オーボエがヴァイオリンと並んでソリストとして立って演奏していた。この曲の第一楽章では、ソリストとして二つのヴァイオリンのほかオーボエがソリストとして並んで活躍し、最後のカデンツアにまで参加している。また、第二・三楽章ではチェロもソリストとして加わるなど、この曲にはCDでは気がつかない、いろいろなソロ楽器が交互にオブリガート的に演奏する面白さがあり、モーツァルトが自筆で、楽譜にわざわざ「コンチェルトーネ」と書き込んだ意味合いを良く理解しなければならない。今回、この演奏を改めてライブで聴いてこの目で見て、この曲の持つ特別な面白さを味わうことが出来たのは、真に幸運であったと言わねばなるまい。


3-12、A.アルティノグリュ指揮ウイーンフイルによる祝祭大劇場のコンサート、

        この日の4つ目のコンサートは、祝祭大劇場におけるウイーンフイルの大コンサートであり、夜の19:30分より開催され、全員でホテルから正装して8人乗りのタクシーで出かけた。暖冬のお陰で、タクシーだとマフラーだけでコートが不要になるため、帰りの時間がとても早くなる。この日の演奏会は、指揮者のA.アルティノグリュは、日本では知られていない方であるが、調べると1975年パリ生まれの43歳で、パリ音楽院で学んだ逸材のようで、ベルギーの王立モネ劇場で活躍していたという。それで、本日のプログラムに合点がいったが、パリ出身らしく最初は「パリ」交響曲K.297でザルツブルグ・デビューし、2曲目は後述するが、ピアニストのアンデルジェフスキーの好みでピアノ協奏曲第25番K.503 が選定され、最後にはフランスからの1曲で、愛らしい交響曲第1番ハ長調で締めくくるということになったものと思われる。座席は、ガーデイナーの時は、かぶり付きの前から2席目であったが、今回は右側で前から8列目のオーケストラ全体を見渡して全体のサウンドを楽しむには、とても良い席であった。

         第一曲目の「パリ」交響曲K.297は、モーツァルトの交響曲では最大の編成でクラリネットやトランペットが入った二管編成になっており、三楽章であるのが特徴である。 指揮者のA.アルティノグリュは、ウイーンフイルとは良く馴染んでいるようなな様子であり、早めのテンポでオーケストラをグイグイと鳴らしており、特に第二楽章ではウイーンフイルの柔らかな弦の持ち味を良く弾き出していた。フィナーレも軽快に進んで、まずまずの出来映えであった。


         第二曲目は、ピョートル・アンデルジェフスキーのピアノによるピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503であり、彼は2015年に来日して、 ヤルヴィとN響によりサントリーホールで、この曲を弾いており、私にはアップロードしたばかりの(17-4-1)印象であった。恐らくこの曲を最も得意にしているのであろう。今回の演奏もウイーンフイルを相手にして、堂々と渡り合っており、現在最も元気に活躍しているピアニストに見えた。2006年の生誕250年の祝賀コンサートで、内田光子がこのホールでムーテイとウイーンフイルを相手に堂々とこの曲を演奏(6-4-4)したのを思い出していた

        最後の曲は、ビゼーの交響曲第1番ハ長調であり、この曲は調べて見るとビゼーが1855年17歳のパリ音楽院で在学中に1ヶ月余りで作曲された曲であり、フランスの人たちは、このビゼーの愛らしい曲を世界中に知って欲しいと考えたものと思われる。この曲は一度聴いたら覚えやすそうな曲想であり、至る所に天才のひらめきや楽想の豊かさを感じさせ、若さの持つ素朴な生命力が溢れていると聴くたびの思う。今回の演奏も、ウイーンフイルの柔らかな弦の響きに乗って、素晴らしい演奏を聴かせてくれていた。この曲が、今回の12コンサートのフィナーレになったが、聴衆全員を楽しくふくよかな気分にさせてくれた曲であると思った。アンデルジェフスキーのクローズアップ写真がピンぼけになったり、写真を撮るのが難しく、余り出来映えが良くないことをお許し願いたい。


          5、あとがき〜過去のM週間への参加を振り返って〜

      この報告の冒頭に、2018年のM週間への参加が9回目になると書いているが、このHPの海外旅行記のバックナンバーに、旅行記を写真入りで報告しているので、久し振りで調べて見ようと思い立った。

      最初のM週間は、1997年の1/2月に初めて待望のモーツァルト週間に参加したときで5日間ほど滞在した。この年は、生憎厳冬で晴天に恵まれず、お城より高い周囲の山並みはどんよりとした暗い雲に覆われ、全く見ることが出来なかった。初めてホグウッドとレヴィンのピアノ協奏曲のシリーズに出遭ったことと、ヴェッセリーナ・カサロヴァがザルツブルグ・デビユーしたことは明確に覚えている。帰りの有志によるミュンヘン旅行で、グルベローヴァがロジーナを歌った「セヴィリアの理髪師」を見て感動した覚えがあった。

       素晴らしい旅行を体験したのに、何も残っていないのを反省して次回からは、必ず旅行記を書き、内容のあるコンテンツが必要なHPに掲載することを決意した。2006年のMイヤーのM週間の祝賀コンサートの切符を皆で確実に確保するため、M週間の参加実績を作ろうと、2003年から、2004年2005年2006年と4回連続してM週間に参加している。そしてその詳細なコンサート報告が、HPにそれぞれ記載されている。2006年のMイヤーのコンサート記録は、DVDになって残されているほどである。今思えば、我ながら、良くやってきたと思う。

       2006年でこの旅行会は終わったので、暫く途絶えていたが、郵船トラベルが、毎年、このM週間の時期に「モーツァルト紀行」というツアーを組んでいることに気がつき、それ以来、私はこのツアーを利用して、仲間と参加してきた。このツアーでは、2010年に久し振りで参加し、その後2015年2017年、と続いて、今回2018年に至っている。記録のない1997年を加えると、今年で9回目の参加になるようであった。こうして、記録を振り返ると、第10回目が最後の旅行に相応しいような気がするが、果たしてどうなるだろうか。

      こうして振り返ってみると、ザルツブルグのM週間だけというツアーは、今年が初めてであり、ツアーの期間が全体で一週間というのも最も短く、幸いに暖冬にも助けられて、今年がこれまでで、お金もかからず楽な旅であったと思う。考えて見れば、観光は殆ど省略して、ホテルとコンサート会場を往復するだけだったので、当然ながら楽なはずである。来年については、M.週間のリーダーがヤーコプスからテノールのローランド・ヴィラゾンにかわり、曲目は昔と同様にモーツァルト一色に変更されたようである。個人的な都合を言えば、1月27日の誕生日には日本M協会でも、例年、凝ったプログラムを用意しているので、出来れば、1月28日を出発日とし、4〜6日滞在するようなスケジュールにしていただければ、極めて好都合であると思われた。

       今年のレポートも、2月9日の82歳の誕生日に、完成を見ることとなった。集中して作業したため、幸い、時差も吹っ飛んだような気がしている。旅行中に居間の42インチの薄型TVが故障したので、検討の結果、今の書斎の42インチのTVを居間に移動し、書斎には新たに55インチの大型TVをセットすることにしている。オリンピック・ブームで新型TVも値上がりしたようであるがやむを得ない。その結果については、改めてご報告したいと考えている。


(以上)(2018/02/08)


     
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