「ザルツブルグ・2017モーツァルト週間へ参加して」〜郵船の「モーツァルト紀行」への参加〜

−後編;「ザルツブルグでの楽しみ」ーモーツァルテウム・グロッサー・ザールの素敵なオーケストラや室内楽コンサート、モーツァルト博物館における保存楽器のミニ・コンサート、教会でのミサ曲など−

ーM.ミンコフスキー、R.テイチアーテイ、F.ルルー、R.ドウブロスキー、R.カピュソン、R.レヴィン、C.カルク、M.シャーデなどの大活躍を目にしてきた−



 「ザルツブルグ・2017モーツァルト週間へ参加して」〜郵船の「モーツァルト紀行」への参加〜

−後編;「ザルツブルグでの楽しみ」ーモーツアルテウムGザールの素敵なオーケストラや室内楽コンサート、モーツァルト博物館における保存楽器のミニ・コンサート、教会でのミサ曲など−

ーM.ミンコフスキー、R.テイチアーテイ、F.ルルー、R.ドウブロスキー、R.カピュソン、R.レヴィン、C.カルク、M.シャーデなどの大活躍を目にしてきた−             

  倉島 収(千葉県柏市K.449)

1、はじめに−私のいくつかの夢を叶えてくれた素敵な音楽の旅でした− 

    ザルツブルグには5日間の滞在であったが、11:00、15:00、17:30、の1日3回のコンサートにできるだけ出席できるように、あらかじめ手配してきたが、お陰様で、幸運にも、お願いしたコンサートの切符はすべて取れて大助かりであった。タンツマイスター・ザールの切符は自由席であったが、早めに行って良い席を確保する必要があった。このような事前の配慮をおこなったことが、結果的に幸運な夢をかなえてくれたことにつながったものと思われる。


2、ロビン・テイチアーテイの指揮振りを確かめる−モーツァルテウム・Gザール、1月31日、19:30−

−(曲目)ドヴォルザークの「伝説」、ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467、ハイドンの交響曲ニ長調「ロンドン」(1795年)−

     ロビン・テイチアーテイは、このHPでは、彼の2015グラインドボーンのオペラ「後宮」において、2016年ベストソフトの金賞を与えた指揮者であるので、初めての彼のライブの指揮にはかねて関心があった。しかし、彼のオーケストラピットにおける姿は、やや生彩がなく、どんな指揮をするかに非常に関心があった。今回は、この若き34歳の俊英のスコットランド室内楽団を率いての舞台であり、彼のオペラでの印象が確実なものかどうか確かめたい気持ちで一杯であった。


     Gザールの座席は、一番前の左側から5番目であり、オーケストラの全体を見渡すことは出来なかったが、このオーケストラの第一ヴァイオリン8人が全員女性であるとか、ピアニストM.J.ピリスのお尻が真ん前にあるなど舞台の息遣いが生々しい席であった。曲目は、ドヴォルザークの「伝説」、ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467、ハイドンの交響曲ニ長調「ロンドン」(1795年)であった。ピアノ協奏曲は、期待通りの落ち着いたオーケストラの提示部で始まっていたが、ピリスのスタインウエイはよく響き、オーケストラと一体になって、素晴らしい効果を発揮していた。曲は第2楽章、第3楽章と進むにつれ、ピリスとオーケストラはますます一体になって、まさに最高の協奏曲となっていた。この演奏終了後、ピリスは舞台に出てきて挨拶を繰り返していたが拍手は納らず、結局、この曲の第2楽章を再演することになったが、この美しい楽章のピアノとピッチカートの響きが最後まで忘れられず、舞台も客席も大喜びの希に見る暖かい雰囲気のアンコールの姿であった。モーツァルトの名曲がそうさせたものと、テイチアーテイとピリスに感謝をし、これがザルツのGザールの素晴らしさであると感じさせられた。

      最後のハイドンの最後の交響曲「ロンドン」は、テイチアーテイが自国の名誉ある名曲として大いにPRする必要があるが、初めて真剣にライブでこの曲を耳にして、やはり、ジュピター作曲後7年の重みを感じさせられる、当代最高の交響曲としての風格を感じさせていた。なお、来年2018年のプログラムを見ると、テイチアーテイが一段昇格して、ウイーンフイルを振ることになっており、これからの活躍が大いに期待される。


3、R.カピュソンとK.アームストロングのヴァイオリン・ソナタ集−モーツァルテウム・Gザール、2月1日、15:00−

−(曲目)ヴァイオリン・ソナタヘ長調K.376、変ホ長調K.380、ト長調K.379、イ長調K.526ー

      R.カピュソンは、最近では、このM週間の常連となって活躍しているが、一昨年の五重奏曲全集に続いて、どうやらヴァイオリンソナタ全集を目論んでいるように思われた。素晴らしく朗々と響くヴァイオリンを手に、1曲、1曲を丁寧に、ピアノの若いK.アームストロングを相手に演奏してくれた。ヴァイオリンソナタには、優れたピアノの弾き手が必要であるが、彼は興に乗ると目障りなほど身体を動かして演奏するので注意した方が良いと思った。しかし、ピアノの弾き振りは素直で納得出来ると思われた。アレグロ・アンダンテ・ロンドと進む標準的なK.376やK.380に対し、K.379の2楽章のソナタは、アダージョの始まりが心に響き、モーツァルトの最後の大曲K.526で終わるプログラムは、最高のプログラムのように思われ、カピュソンの豊麗なヴィオリンの響きを胸に納めてきた。


      Gザールの座席を満席にしたこの演奏会は大成功であり、このシリーズの成功を予感させていた。なお、ピアノのK.アームストロングは、2018年のM週間では、弦楽四重奏団と組んでピアノ協奏曲の第12番K.412や第14番K.449を演奏する予定となっており、これは一度ライブを聴いてみたいという組合せであった。


4、B.シュミット(Mozarts Della Costa-Violine)とA.へーリング(Mozarts Walter-Flugel) によるヴァイオリン・ソナタ集−博物館タンツマイスター・ザール、2月1日、15:00−

−(曲目)ヴァイオリン・ソナタト長調K.9、J.N.フンメルのヴァイオリンソナタヘ長調OP5-2、ヴァイオリンソナタト長調K.27、イ長調K.12、ト長調K.301、ー

      博物館に入って最初の部屋が、このタンツマイスター・ザールであり、この席だけが直前になるまで取れず、入場するときになって切符が手渡された。この部屋には展示品のオルガンなどが部屋にあり、見覚えのある母親が額縁入の二人がハンマー・フリューゲルを弾いている絵はそのまま壁に飾られていた。40〜50人くらいの自由席の椅子席が用意され、前から3番目の左側の座席を確保することが出来た。本日のワルター・フリューゲルは、これまで博物館に展示され、本でも紹介されている右側の写真とも異なり、理由が分らなかった。しかし、最初に聴いた第1曲目のK.9は、ヴァイオリンは完全にオブリガートであり、余り性能の差には気がつかなかったが、フンメルのソナタやK.301においては、このモーツァルト・ヴァイオリンは音域も狭く音量も低くて、午前中のカピュソンのヴァイオリンとは、比べものにならない気がした。


      ハンマー・フリューゲルは、前から3番目なので、平土間に音が跳ね返って、音量も小さくは聞えなかったが、やはり、ヴァイオリンの音色には寂しさを感じざるを得なかった。オブリガート・ヴァイオリンによるピアノソナタであれば、このヴァイオリンでも鄙びた感じが良いと言うことになるであろうし、モーツァルトが当時弾いた楽器と場所と言うことが、特別の感慨を生み出すであろう。しかし、最後に弾かれたK.301などでは、もっとレベルの高いヴァイオリンが必要であろうと言うのが、率直な感じであった。ワルター製・フォルテピアノの演奏は今後聴けても、モーツァルトの住居での演奏となると、今後はなかなか聴けないというのが、今回の演奏であり、私に取っては夢のコンサートの1つであった。


     5、フランシス・リリーの指揮とオーボエ、及びアントニー・タメステイのビオラ及び、カメラータ・ザルツブルグのフンメルの協奏曲とモーツァルトの交響曲、−モーツアルテウム・Gザール、2月2日、11:00、 −

−(曲目)1、モーツァルトの交響曲第25番ト短調K.183、2、フンメルのビオラのための幻想曲ト短調Op91、3、フンメルのオーボエとオーケストラのための主題と変奏曲Op102、4、モーツァルト、交響曲第31番ニ長調「パリ」ー

      このコンサートの今回の指揮とオーボエを吹くフランシス・リリーと言う方は、私は2度目であり、昨年の郵船の旅行で、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団のコンサートでモーツァルトのオーボエ協奏曲ハ長調K.314を吹いていた。演奏を聴いていて、行動力のある方であると感じていたが、指揮者として登場するので驚いていた。この日は、冒頭に映画「アマデウス」でも最初の音楽として登場した第25番ト短調の交響曲であったが、大柄で身振り手振り宜しく勢いのある演奏に徹しており、皆を惹き付けていた。続くフンメルのビオラ協奏曲は、1820年の作であり、彼はむしろベートーヴェンと同世代であり、幻想曲風の組曲になっていたが、ビオラの熱演もあったが、モーツァルトのソックリさんやアリアが出て来るので、とても面白かった。そのせいか終わると大変な拍手となり、それが納らずに、指揮者リリーのオーボエとビオラの伴奏で、何と「魔笛」のパパゲーノのアリアがアンコールとして登場したので、観衆は大喜びであった。こんな面白いアンコール風景は、Gザール特有のものであろう。


休憩後、再びフンメルの曲で、ルルーのオーボエによる主題と変奏のコンチェルト風の曲が始まったが、この曲はまさにオーボエの独壇場の曲で技巧に溢れ、パロデイが出て来ることはなかった。楽しい曲でこれも大喝采を受けていたが、今度は、アンコールでまた、ビオラの伴奏者と舞台に一緒に上がって、今度は「魔笛」から「パミーナの悲しみのアリア」をオーボエのソロが歌い出し、これも最高の演奏だったので、素晴らしいアンコールになって、われわれは思いがけずに、モーツァルトのアリアをオーボエで楽しむことが出来た。こう言う経験は、このM週間のGザールだから出来ることと、心に噛みしめた。

     最後は交響曲第31番ニ長調K.297「パリ」であり、今度は指揮者のルルーはフランス系の指揮者であるから、是非この曲をと意気込んでいたのであろう。曲は軽快に明るく流れて、素晴らしい一時を過ごすことが出来た。やはり、前後のモーツァルトの有名曲は、最近、ライブで聴くことが少なくなり、こうしてフルオーケストラで落ち着いて久し振りで聴くと、改めて感銘が高まってきており、思わぬアンコールの楽しいアリアもあって、やはりザルツブルグにきて良かったという印象を改めてつくづく感じていた。


6、ロバート・レヴィンのMozarts-Walter-Flugelによるピアノリサイタル、−モーツアルト住家におけるタンツマイスター・ザール、2月2日、15:00および2月4日、15:00−

−(曲目)第1日目、1、ピアノソナタ第5番ト長調K.283、2、第7番ハ長調K.309、3、第12番ヘ長調K.332、4、第17番変ロ長調K.570、5、第6番ニ長調K.284、ー
ー (曲目)第2日目、1、ピアノソナタ第16番ハ長調K.545、2、幻想曲ハ短調K.475およびソナタ第14番ハ短調K.457、3、第4番変ホ長調K.284、4、ソナタ楽章の断片ト短調K.312、5、第13番変ロ長調K.333、ー

      早めに行列に並んだので、初日は前から3番目、2日目は2番目の場所に座れたが、平土間でピアノが低いので、前の人が邪魔になり、小人数の上に写真厳禁とあったので、写真を撮ることは諦めた。しかし、チェンバロと異なって、鍵盤を押す力が音量に反映されるせいか、昨日の女流のピアニストよりも遥かに大きな音がし、低音も昨日よりも良く出ていたと思う。さすがロバート・レヴィンのピアノらしく、強弱のメリハリを効かして演奏しており、ソナタ形式の繰り返しは必ず行なって、二度目には装飾音符を限りなく付ける変化を強調した徹底した演奏振りであった。
     モーツァルトがこのフォルテピアノを弾いたらという思いで聴いていたが、途中からはそのようなことは忘れて、音の洪水に完全に浸っていた。これは前から3番目の音であり、後ろの席ではこれほど豊かに聞えたかどうか分らない。今回ほど、平土間の近場で聴くことの重要さを味わったことがなかった。


      2日目は、私の好きな曲ばかりであったので、もの凄く楽しかった。K.475、K.457と続き、1曲だけ、K312 と言うト短調のソナタ楽章が弾かれていたが、この曲は、ギルバート・シュヒターのピアノ曲全集で確かめることが出来、どうやら断片で終わらずにレヴィンの編曲でソナタ楽章として改作されたものであった。ハ短調の幻想曲やソナタK.457のようなダイナミックな曲も、このフォルテピアノで確認することが出来、やはりレヴィンの鍵盤を叩く音が強烈で、これが演奏に反映されたものと評価したいと思う。
                 これで約半数のピアノソナタをこのフリューゲルで聴いたわけであるが、これがモーツァルトの時代のピアノソナタに最も近い音と心の中に刻みつけようと思った。日本でもフォルテピアノの演奏が盛んであるが、今回聴いたこのフォルテピアノの音を忘れないようにしたいと思う。夢のようなコンサートを聴くことが出来、ロバート・レヴィンのソナタ集もホグウッドとの協奏曲集揃っているが、もしCDの新しい全曲盤が出ることを楽しみに待ちたいと思う。


7、ユービン・ドウブロフスキー指揮、バッハ・コンソート・ウイーンによる音楽劇「ザロモンの旅」−オペラのアリア、コンサート・アリアによる音楽劇、
−モーツアルテウム・Gザール、2月3日、11:00−何と私の日本M協会のK.番号513が歌われた

(配役)ナンシー・ストレース(ソプラノ);クリステイーネ・カルク(スザンナ)、V.E.アダムベルガー(テノール);ミハエル・シャーデ(ベルモンテ、オーッターヴィオ)、F.ベヌッチ(バリトン);マニュエル・ヴァルサー(ドン・ジョバンニ、グリエルモ)、J.P.ザロモン、(イギリスの興行師・朗読/進行);フロリアン・タイヒトマイスター、
(曲目)1、交響曲第1番変ホ長調第一楽章(序曲)および第3楽章(1764)K.016、
2、アヴェ・ヴェルム・コルプスK.618(1791)、
3、オッターヴィオのアリア「彼女の平安は、わが願い」、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」より第10曲a(ウイーン追加曲)K.540a、
4、グリエルモのアリア「あの人を見よ」、オペラ「コシ・ファン・トウッテ」より第15曲(代替追加曲)K.584、
5、スザンナのレチタテイーヴォとアリア「いよいよ時がきた。」「おお早く来い、待ちかねた喜び。私はここで待って言います」オペラ「フィガロの結婚」より第27曲K.492、
6、スザンナと伯爵の二重唱「酷いぞ、何故今まで焦らして」「承諾の返事はいつでも出来ますわ。」オペラ「フィガロの結婚」より第16曲二重唱K.492、
7、テノールのレチタテイーヴォとアリア「あわれ、おお夢かうつつか」「あたりに吹くそよ風よ」、コンサート・アリアK.431、
7、前編のフィナーレ、交響曲第34番ハ長調第3楽章K.338、−休 憩−
8、後編の開始曲、三重唱「ねえ、あなた、リボンはどこ」K.441、
9、バス・アリア「娘よ、お前との別れにさいし」、コンサート・アリアK.513、
10、テノールのアリア「私がもし、無数の龍に」、コンサート・アリアK.435、
11、レチタテイーヴォとロンド「これで決心しました」「怖れることはない、愛する人よ」イドメネオの挿入曲K.490 (ウイーン版)、
12、三重唱「可愛いマンデイーナよ」、コンサート・アリアK.480、
13、終曲、交響曲第38番「プラハ」より、第3楽章K.504、ー


     ユービン・ドウブロフスキーが指揮をするバッハ・コンソート・ウイーンによる伴奏で、ジュピター交響曲の名付け親と言われるロンドンの興行師J.P.ザロモンが舞台に現れ、早速、オペラのアリアやコンサート・アリアを組み合わせた音楽劇「ザロモンの旅」の序曲として交響曲第1番変ホ長調第一楽章アレグロが序曲風に始まっていた。場所はオペラ「魔笛」が大成功を続けるウイーン、時は1791年12月であり、ザロモンは今度こそ、モーツァルトのロンドン行きを成功させようとしてコンスタンツエを訪ねたのであるが、何と驚いたことにモーツァルトは急死していた。アヴェ・ヴェルムが静かに聞える中で、途方に暮れたザロモン。しかし、プラハでは大勢の人を集めて追悼式を行なうと言うことが分った。モーツァルトの死を聞きつけて、音楽仲間も集まっており、中にはモーツァルトととても親しかったオッターヴィオを歌ったテノールのアダムベルガー(シャーデ)、紅一点のスザンナだったナンシー・ストレース(カルク)、フィガロやレポレロを歌ったバリトンのベヌッチ(ヴァルサー)などもおり、4人はいくつかのアリアを歌っているうちに、「プラハへ一緒に行こう」と言うことになり、ここに予期しない4人の「プラハへの旅」が始まった。


        音楽劇は、ザロモンの語りや進行に合わせて、第3曲のアリアから、休憩を挟んで第13曲まで、二重唱や三重唱を含めて数多く歌われていた。このような音楽劇が行なわれることは、ぶ厚いプログラムによってあらかじめ知らされていたが、何と私の日本M協会のK.番号513のバス・アリア「娘よ、お前との別れにさいし」が歌われることを知ったのは、その前日のことであった。CDで4種類、映像で1組みしかないこのバス・アリアは、一生ライブでは聴けないものと諦めていたのであるが、音楽の神様の愛のお導きによって、今回ヴァルサーのバリトンで朗々と歌われていた。初めてライブで耳にする素晴らしい響きであった。この幸運は、永年にわたりザルツブルグのこの週間に顔を重ねたことで、神様がお許し下さったのであろうと感謝している。

      コンサートが終わって、昼食を軽く済ませようと、丁度、フェラインの仲間で途中から参加している久保田さんと二人になったので、一人ではなかなか入るには勇気がいるザルツブルグ一番のホテル兼レストランのザッハ−・ザルツブルグに入り、ザッハ−・トルテとコーヒーを頼んでいた。そこで驚いたことに、先ほどの舞台で美声を上げていた、クリステイーネ・カルクがわれわれの前のお友達の席につこうとしておられた。絶好のシャッター・チャンスであったが、残念ながら手が震えてしまい、良い写真にならなかったが、彼女は帰りがけに、われわれ二人ににこやかに握手してくれ、日本などでは味わえない貴重な体験をした。彼女は春に日本や韓国に行かなければならないと張り切っておられた。これもザルツブルグへきて、愛の神様が認めてくれたご褒美であろうか。今回は、このような予期しない嬉しいことが起こるので、とても幸運であると思った。


8、ハーゲン四重奏団によるハイドンの弦楽四重奏曲シリーズ、作品76-1~3、−モーツアルテウム・Gザール、2月3日、15:00−

−(曲目)ハイドン作曲、1、弦楽四重奏曲作品76-1ト長調(1797)、2、ニ短調作品76-2(1797)、ハ長調作品76-3(1797)、ー

       ハーゲン四重奏団は、昨年も来日公演を東京で聴いているし、ザルツブルグでも何時も聴いているので、曲がハイドンであっても親しみを持ってコンサートに参加することになったが、さすがこのコンサートは、東京からは私一人であったようだ。
       ハイドンの四重奏曲と言う軽い気持ちでこのコンサートを聴きだしたが、曲の作曲年代は1797年で、モーツァルトが亡くなってから6年を経過し、ハイドンは明らかにその間に新しい経験をして、作風がより充実していることが知らされた。これは、明らかに、四重奏においてベートーヴェンへと結びつく作曲家は他ならぬハイドンであると感じざるを得なかった。

               

2017年のM週間は、ハイドンの作品76シリーズ全6曲の公演を2回に分けて行なっていたが、相変わらずに精力的に演奏活動を行なっている。今回の旅行に出かける前に、クラシカジャパンの2月号のプログラムが送られてきた、そのトップにストラディヴァリウスの楽器を持った13人の演奏家が勢揃いしていた。そしてその中に、何とハーゲンの4人が大きく写っているではないか。今回のクラシカ・ジャパンの特集は、2016ストラディヴァリが特集であって、このハーゲン四重奏団も楽器貸与の対照になっていることが明らかにされた。彼らと日本の結びつきが、このような形で結ばれていることを始めて知り、何かしら親しみを覚えた感じがしていた。


  9、マルク・ミンコフスキー指揮、ルーブル宮音楽隊のオーケストラ、およびヴェルサイユ馬術アカデミーによるバルタバス演出・振付けによる「レクイエム」ニ短調K.626、−フェルゼンライトシューレ、2月3日(金)、20:00開演、

(ソリスト)S;G.キューマイヤー、A;E.クールマン、T;J.ベアー、B;C.デカイザー、
(合唱団)ザルツブルグ・バッハ・コール合唱団、

       2年前には、モーツァルトのハ短調ミサ曲を自身で編曲したオラトリオ「悔い改めたダヴィデ」K.469の音楽をベースにして、バルタバスが率いるヴェルサイユ馬術アカデミーの一行12名12頭による多種多様な馬と騎手が一体となった総合芸術的な数々の踊りが展開され、初めて見る芸術なので見方が分らず戸惑ったものであった。馬たちはフェルゼンライトシューレの舞台の上に撒かれた厚い砂の上で疾走していたが、私には、その馬の足音が意外に大きく聞え、音楽を大きく阻害したように感じていた。果たして、今回は前に感じた問題を解決してくれたであろうか。左隅におかれた白い台の上でミンコフスキーが全体を見渡しながら指揮をしており、オーケストラや合唱団が整然と演奏する中で、人馬が群れをなして音楽に合わせて見事に踊り、走るのであるが、果たして「レクイエム」ではどんな姿になるのであろうか。


        ミンコフスキーが登場して、彼の率いるルーブル宮音楽隊のオーケストラが1/2階に配置され、ソリストたちが2階中央、3階はザルツブルグ・バッハ合唱団が配置されて、いよいよ音楽が開始されていたが、冒頭の音楽はグレゴリア聖歌のような静寂ながら厳粛な合唱になっていた。そして舞台ではバルタバス隊長が一人で一頭の馬を相手に、音楽に合わせて静かに踊っていた。そしてその静寂な雰囲気の中でイントロイタスが厳かに開始されており、舞台全体が動き出していた。音楽がキリエから「怒りの日」へと続くと、人馬の舞台は動きが活発となっていたが、妙なるラッパの響きで、音楽がバスからテノールへ、メゾからソプラノへと進むにつれ、舞台は華やかな色合いを見せ、ライテイングなども動きだして、色合いも鮮やかとなり素晴らしい人馬による情景が繰り広げられていた。


        今回の座席は、ほぼ中央の前側に近く、全体が良く展望できるとともに、馬の砂を蹴る音も殆ど聞えず、音楽は良く聞えていた。「ラクリモサ」を「馬が踊れるの?」という厳しい質問も事前にあったが、人馬は見事にこの難関をクリアーし、さすが300年の伝統を誇るフランスの芸術は凄いというのが、皆さんの平均的な感じ方であろうか。今回の「レクイエムは」音楽と人馬の踊りや動きに良く馴染んだのか、素晴らしい感動を観衆に与えながら進んでいた。
               今回は、一度見たためかはじめから舞台の様子が察知できたせいか、また音楽が良く馴染んでいたせいがあったか、素直にこの人馬の躍動する芸術に飛び込んでいくことが出来、とても楽しかったし、素晴らしい感動を受けて終わっていた。様子を見ると、どうやら皆さんも新たな感動を受けたようであり、人馬の踊りの芸術を皆さんに初めて説明するのに一苦労した先輩の一人として、正直にホッとしている。これも日本では絶対に考えられない芸術の1つと改めて感じてきた。



10、ジョヴァンニ・アントニーニ指揮、イル・ジャルデイーノ・アルモニコのハイドンの交響曲とアンナ・プロハスカのソプラノアリア集、−モーツァルテウム・グロッサー・ザール、2月4日、11:00、−

(曲目)1、ハイドン、交響曲第六番ニ長調「朝」、2、オペラ「後宮」よりコンスタンツエのアリア、第六番、K.384、3、オペラ「フィガロの結婚」からスザンナのレチタテイーヴォとアリア、第二八番、K.492、4、オペラ「ルチオ・シッラ」よりジューニアのレチタテイーヴォとアリア、第22番、K.135、5、ハイドン、交響曲64番イ長調「時の移ろい」、6、ハイドン、ソプラノとオーケストラのためのカンタータ、第10番、2月4日(土)、11:00、−
       この演奏会は、ハイドンの3曲にはまったく当初から関心がなく、昔アバドと良く歌っていたアンナ・プロハスカの健在ぶりを知るためのソプラノのためのアリアのコンサートになっていた。プロハスカは地味な服装で登場しており、最初のコンスタンツエのアリアは、いとも簡単に歌いこなし、続いてスザンナのアリアは、情熱を込めて、じっくりと歌っていた。

       プログラムと曲順がすっかり変わって、3曲目に「ルチオ・シッラ」からのジューニアのアリアとなっていたが、これも非常に熱っぽく歌われ、オペラ歌手らしさを偲ばせていた。休憩に入って、ハイドンの交響曲に続き最後の曲が、ソプラノのためのカンタータ。調べて見ると1795年の「レクイエム」の4年後の作であり、これが実に堂々とした風格ある作品になっており、ハイドンの後期の宗教曲の充実振りを垣間見させた凄い作品となっていた。プロハスカは、期待通り、元気よく歌い、力強く声を張り上げて、お客さんをしっかり喜ばせていた。


        11、フランチェスカーナ教会におけるミサ曲−モーツァルト作曲ミサ・ブレヴィスト長調K.140(Anh.C.1.12)ーフランチェスカーナ教会、2月5日(日)、9:00、−
−教会専属によるオーケストラと合唱団およびソリストたち−

      今日は昼頃にザルツブルグを出発し、帰国する予定であったので、トランクの荷物をすっかり仕上げて、8:30分にホテルを出て、大聖堂の裏手にあるフランチェスカーナ教会を目指した。本日の各教会のミサの予定は、大聖堂は10:00からハイドンのミサであり、聖ピータース教会は曲目が分らず、ごく自然にフランチェスカーナ教会に足が向いていた。有り難いことにザルツブルグに入ってから厳しい寒さが薄れ、天気が良くなり、本日は朝から快晴のようであった。最初のミサは、ミサ・ブレヴィスなので短いと判断し、10時過ぎの終わりまで座席に居て、それから他の教会の様子を立ち見しようという作戦であった。


          最初のフランチェスカーナ教会では、ミサが始まる前に到着し、中頃の程よい席に着席して、モーツァルトの音楽を楽しみつつ、カソリックの祭司さんがお祈りしたり朗読する様子を聞いていたが、ここでも明らかに聞き覚えのある教会ソナタがミサを讃えるように鳴っていた。この教会でも満席に近い状況であり、ザルツブルグの信者の方々は教会活動に熱心であると言う印象を得た。


         10時過ぎにはミサは終わり、外に出るとそこは聖ピータース教会の前でもあったので中に入って見たら、そこでは既にミサが終わっており、殆ど人影がない状態であった。同行の高木さんや久保田さんがナンネルのお墓やM.ハイドンのお墓を知らないというので、ご案内した。余り看板がないので、お墓を見つけるのに一苦労したが、二人のお墓が重なって一緒のように思われたので、見つからなかったのだと思っていた。



        最後に大聖堂に立ち寄ってきたが、ここはまさにミサが進行中であったが、入り口付近は観光客で人が溢れていた。ミサは満席の模様であり、遠くから様子を探る程度であったが、時には後ろのオルガン席では、大合唱やオルガンの音が聞えていた。その様子を、写真で撮ってみたものの、残念ながら、人影を確認することは出来なかった。それにしてもさすがに大聖堂は賑わっており、大勢の観光客を他所にして、自分たちだけの盛大なミサが堂々と執り行なわれている様子を見て、この行事は現代にも生きていることを痛切に感じさせた。



12、あとがき、−素晴らしい幸運に恵まれた音楽の旅でした。ご一緒の皆さま、小池さんに厚く御礼申し上げ、来年も参加できるよう、頑張りますー

      私の誕生日2月9日に、自分用に買ってきたアルコールの旨さに勇気を貰って、前編を一気に立ち上げたのであるが、多少寒気がして無理をしたのが悪かったか、翌日から熱っぽく風邪気味で悪寒がし、すっかり調子がおかしくなって、作文がままならなくなった。しかし、何とか二月なかばまでには仕上げようと思っていた旅行記が、大きな遅れもなく完成したのは、内容が良くて楽しかったせいでもある。モーツァルテウムで固い椅子の席に腰を置いた瞬間から期待が持てるのは、このM週間が、本当に私向きに出来ているからなのであろう。そして演奏家たちが、それをよく知っていて、よいアンコールを行なってくれることもこの会場の特徴のような気がした。

            いただいた来年のプログラムを見ると、オペラ「後宮」がメインのようであるが、テーマがバッハとモーツァルトであるに加えて、交響曲あり、協奏曲あり、歌曲あり、ソナタありと健在であり、今回のようなタンツマイスターザールのプログラムや、私のもう一つのK.番号であるK.449、ピアノ協奏曲第14番の弦楽四重奏版も聴くことが出来そうであり、今から夢が膨らんでいる。兎に角、来年は82歳になるので、無理は出来ないのであるが、夏中はゴルフで体調を整えて、バッハ好きの皆さんと、またご一緒するのも良いなと今から楽しみにしている次第である。今回、お世話になった先輩の方々とも再会できることを楽しみにしている。


(以上)(2017/02/16)



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