「ザルツブルグ・2017モーツァルト週間へ参加して」〜郵船の「モーツァルト紀行」への参加〜

−前編;「ウイーンでの楽しみ」ー王宮礼拝堂のミサ、ウイーン国立歌劇場のオペラ、コンツエルト・ハウス、ウイーンフイルなど−

ーM.ハイドンのミサ、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」、シフのピアノと交響曲、ウイーンフイルの交響曲第39番・第40番・第41番−



−「ザルツブルグ・2017モーツァルト週間へ参加して」〜郵船の「モーツァルト紀行」への参加−

−前編;「ウイーンでの音楽の楽しみ」ー王宮礼拝堂のミサ、ウイーン国立歌劇場、コンツエルト・ハウス、ウイーンフイル−

ーM.ハイドンのミサ、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」、シフのピアノと交響曲、ウイーンフイルの交響曲第39番・第40番・第41番を聴く−             

  倉島 収(千葉県柏市K.449)

1、はじめに−私のいくつかの夢を叶えてくれた素敵な音楽の旅でした− 

  モーツァルトの住んでいた住居で、彼の残したワルター製のフォルテピアノにより、名手のロバート・レヴィンのピアノで、モーツァルトのピアノソナタが聴けるという夢のようなコンサートに出席するため、これが年齢的に最後のザルツブルグかなと言う思いを持ちながら、胸を弾ませて出発しました。このタンツマイスター・ザールでの小コンサートは、2日後にもレヴィンが他のソナタを弾くものに出席が出来、また、モーツァルトの残したヴァイオリンとフォルテピアノによるヴァイオリン・ソナタのコンサートにも出席することが出来た。さらに、ザルツブルグに着いてから厚いプログラムを見て分ったのであるが、何とこれまでライブで聴いたことがなかった私のK番号のバスのコンサート・アリアK.513を、初めて聴くことが出来た。このような嬉しいことが次ぎ次ぎに実現して、実に幸せな旅であったと方々の教会に感謝を捧げてきた。


   2、「今回のモーツァルトの音楽の旅」の概要−

     今回の旅行は、ウイーンとザルツブルグに限定され、観光よりも音楽を重視した旅であった。欧州において寒波の情報が入り、キャンセルが続いたようであるが、参加者は、途中からの参加を含めて10名程度の小人数であった。

       ミンコフスキーがM週間の采配を取るようになってから久しいが、今回はモーツァルトとハイドンがテーマのようであり、今回もミンコフスキーは、バルタバス率いるヴェルサイユ馬術アカデミーの出演を得て、「レクイエム」の音楽で馬術を楽しむ企画があり、さらに、博物館側と相談をしながら、博物館に残された18世紀の楽器を用いる新しい企画が行なわれるようになって来た。このような企画も評価が高いから繰り返されるのであろう。今回の旅行では、当初予定のコンサートの他に、空き時間にもチケットが得られればコンサートに参加するように手配をしたので、以上のような面白いコンサートを含めて、以下に示す全16回のコンサートに参加することが出来、存分に楽しんで来ることが出来た。

1月29日(日) 1)、9:15開演、聖レオポルドのミサ曲(M.ハイドン)、ウイーン王宮礼拝堂、
        2)、18:00開演、「ドン・ジョヴァンニ」A.フィッシャー指揮、キーンリサイド、ウイーンST.OP.以上ウイーン泊
1月30日(月) 3)、19:30 シフのピアノと指揮、P協第23番、プラハ交響曲、コンツエルトH、
1月31日(火)  ザルツブルグへ出発、        4)、19:30 テイチアーテイ指揮とピリスの第21番他、Gザール、
2月1日(水) 5)、11:00;R.カプソン、Vnソナタ演奏会、第32、36、35、42番Gザール、
        6)、15:00;会場は住居、R.シュミットVn、A.へリックFP、Vソナタ、
        7)、19:30、N.セガン指揮ウイーンフイル、交響曲39番40番他、祝祭大劇場、 
2月2日(木)  8)、11:00 指揮とオーボエF.ルルー、交響曲第25番31番、Gザール、
      9)、15:00 会場は住居、R.レヴィンFP、Pソナタ5、7、12、17、6番、
       10)、20:00 ミンコフスキー指揮ルーブル宮音楽隊と馬術アカデミーの「レクイエム」
2月3日(金) 11)、11:00 ドウブロフスキ、コンサートアリアと交響曲第1番、Gザール、
       12)、15:00 ハーゲン四重奏団、ハイドン四重奏曲「日の出」3曲Gザール、
2月4日(土) 13)、11:00 イル・ジャルデイーノ・アルモニコ、プロハスカのアリア集、Gザール、
       14)、15:00;会場は住居、R.レヴィンFP、PソナタK.475/457、282、332、333、
       15)、19:30フィッシャー指揮ウイーンフイルのジュピター交響曲他、祝祭大劇場、
2月5日(日)  16)、9:00;フランチェスカーナ教会のミサ・プレヴィスK.140、
          12:00; 出発、 2月6日(月) 帰国、 

     今回はウイーンを中心にした前半の報告と、ザルツブルグを中心にした後半の報告とに分けて、写真を豊富に取り入れながら、ご報告したいと思う。


3、ウイーンの王宮礼拝堂ミサ−ウイーン少年合唱団によるM.ハイドンのミサ曲−

     ウイーンに到着して最初に行動する日が日曜日であったので、かねて計画では早朝ではあるが9時過ぎに始まるハクスブルグ家ゆかりの王宮礼拝堂におけるミサを見学することが予定されていた。王宮に訪れても、王宮内部の礼拝堂で、しかもウイーン少年合唱団が天使の声でミサを歌うのを見ることはなかなか出来ない。今回の旅行では、図らずもこのようなことが実現でき、タクシーで現地に駆けつけ、王宮礼拝堂の内部で、M.ハイドン作曲のミサ曲「聖レオポルドのミサ曲」によるミサの式典に参列してきた。王宮礼拝堂は内部の方々用に造られているせいか、通常の教会より小ぶりであり、祭壇も思ったより簡素なものであった。


      M.ハイドンのミサ曲は、初めて聴く曲で、ザルツブルグ・スタイルかミサ・プレヴィスのような、比較的短い曲であった。キリエの合唱で始まり、グロリアとクレドの前後に司祭の斉唱や朗読などが行なわれていた。その式典の途中で、モーツァルトの教会ソナタK.274の演奏があり驚かされた。合唱の合間に、ウイーン少年合唱団のソロが何回かあったが、不慣れのせいか、声が細く余り上手には聞えなかった。後方の上段のオルガンのある聖歌隊席で、ウイーン少年合唱団が歌っていたが、残念ながら姿は見ることが出来なかった。


      荘厳なミサの式典中に、写真を撮ることは不謹慎であったので、祭司たちが入場する前の祭壇の姿と、彼らが退場した後に、ウイーン少年合唱団が挨拶に現れ、そこで短い聖歌を一曲歌ってくれた時の写真しか撮ることが出来なかった。お許しいただきたい。10時半過ぎにはミサは終わり、1時間半足らずの短いミサで、これもこの王宮の習わしかと思われた。


4、ミヒャエル教会、シュテファン教会、ペーター教会でのミサの様子、

      王宮礼拝堂のミサが、早めに終わったようなので、ウイーンの中心部にある有名な幾つかの教会のミサの様子を拝見することにした。始めに王宮のミヒャエル広場の真ん前にある ミヒャエル教会に入ってみた。この教会は、モーツァルトが亡くなった直後に、スヴィーテン男爵たちが残された「レクイエム」の書き残された部分を初演したことで知られている。この教会は細長く、祭壇まで距離があったが、椅子席は満席の状況でミサが盛大に行なわれていた。途中で、アヴェ・ヴェルムの斉唱が偶然にあったので、この曲を口ずさんでから、教会を後にした。



      続く2葉の写真は、シュテファン教会の写真であり、ここも椅子席は満席の状況であり、入り口付近に観光客がウロウロする中でミサが盛大に執り行なわれていた。この教会では、朝早くから一日中、いろいろな団体がミサを行なう予定とされていた。最後の写真はピーター教会のものであり、ドームの下の祭壇でミサが壮大に行なわれていた。この教会は、シュテファン教会と並んで、モーツァルトの住居のそばにあったので、彼はたびたび顔を出したものと思われる。どの教会のミサも沢山の信者を集めており、カトリックの教会は熱心であると聞いた話を、直接、この目で確かめることが出来た。


5、ウイーンのホーエルマルクトの「アンカー時計」を見る、

      正午に人形が動き出すことで知られるホーエルマルクト広場の「アンカー時計」 を見るために、教会のミサを中断して広場に駆けつけた。時計の場所が分らずに、鐘が鳴り始めて初めて時計の場所に気がついたので、12体の人形が動き始めていた。ローマ皇帝マルクス・アウレリウスに始まり、白っぽいスカートのマリア・テレジアの後ろ姿の人形が11番目、ヴァイオリンを手にしたヨーゼフ・ハイドンの人形が12番目に現れていた。写真は11番目(右)と12番目の人形(左)を示しているが、お分かりであろうか。


      右の写真に12体のウイーンに関係の深い歴史的人物の名前を示してあるが、残念ながら、小生には比較的新しいマリア・テレジアとハイドンしか、理解できなかった。二つの建物の路地を挟んだ渡り廊下に、20世紀の初頭に造られたアンカー時計のようであるが、毎時間一人の人形が現れて時を刻み、正午には12体の人形が現れる仕組みになっていた。


6、ウイーン国立歌劇場でオペラ「ドン・ジョヴァンニ」を見た、

指揮;A.フィッシャー、演出;J.L.マルティノティ、ウイーン国立歌劇場O&Chor、
(配役)ドン・ジョヴァンニ;S.キーンリサイド、ドンナ・アンナ;I.ルングー、オッターヴィオ;B.ブルンス、エルヴィーラ;D.レッシュマン、レポレロ;E.シュロット、マゼット;M.ワルサー、ツエルリーナ;I.トンカ、騎士長;S.コリバン、


久し振りでウイーン国立歌劇場に入り、変わらぬ堂々たるたたずまいに感動しながら、開演の一時を待っていた。座席は平土間の前から16列目であり、顔までは分らないが,まずまずの全体を見渡すことが出来る位置にあった。やがて序曲が始まり,やや早いテンポで進みながら、開幕となっていた。舞台は一見して暗い影の多い舞台で、遠い背景画から邸宅の前庭か、レポレロが召し使い風の女性を口説くようにして登場して、第一曲目が始まっていた。やがて顔を隠した男と娘が大声で争いながら登場してきたが、その騒ぎを聞きつけて大柄な騎士長が剣を持って登場して来た。しかし、男の動きが非常に素早く、勝負は一気について騎士長は倒されてしまったが、その迫力は充分。衣裳といい召使いの多い舞台といい、伝統的なしっかりとした大舞台を思わせるオペラ「ドン・ジョヴァンニ」の始まりで、舞台は一気に進んでいた。


      ドン・ジョヴァンニのキーンリサイドの動きがとても良く、大柄で格好の良いレポレロのシュロットを圧倒するような勢いに見えた。ドンナ・アンナは高い声がとても良く伸びていたが、やや細めで、オッターヴィオが美しい声で良く支えていたように思った。ドンナ・エルイーラが、やや太めの声で縦横に活躍していたのが目立っており、さすがヴェテランのレッシュマンと思わせていた。小娘のツエルリーナは、やや存在感がなく、残念であった。しかし、第1幕のフィナーレは,堂々として迫力があり、さすがと思わせる舞台が続いていた。休憩で一廻りして、この劇場の装飾品の写真を幾つか撮ってきた。

 

       第2幕に入っても、しっかりした舞台が続いていたが、特にフィナーレに入ってドン・ジョヴァンニと騎士長のやり取りには迫力があり、最後の地獄落ちの場面では、騎士長が貫禄をみせてドン・ジョヴァンニを力尽くで引き上げ、地獄落ちで地下に引き摺り込まれる様は見事な迫力ある演出で楽しめた。一転して、最後の明るい六重唱は見事な対照を見せており、大劇場の充実した大舞台を安心して見れたという印象が強かった。
       終わるとカーテンコールが繰り返されていたが、左側の写真は主役の8人が揃っており、右側の写真には指揮者のアダム・フイッシャーが加わっていた。昨年からミュンヘンのシュターツOPで「フィガロ」を、キュヴィリエ劇場で「コシ」をと、ダ・ポンテ三部作を続けて見ることが出来、モダンな演出は「コシ」だけで、さすが大劇場のオペラは格調が高いと感心することが多かった。


7、ウイーン・コンツエルト・ハウスでシフの指揮とピアノでモーツァルトとハイドンのシンフォニーとピアノ協奏曲を聴く、

       2015年の「モーツァルト紀行」でも、アンドラーシュ・シフとカペラ・アンドレア・バルカによるピアノ協奏曲と交響曲を聴いているが、今回はハイドンとモーツァルトのピアノ協奏曲と交響曲の聞き比べであり、モーツァルトはピアノ協奏曲23番イ長調K.488と交響曲第38番ニ長調「プラハ」であった。ウイーン・コンツエルト・ハウスは、ホテルから歩いて5分ほどの近さであったが、この日は凄い寒さで、マフラー一本では非常に厳しい寒さであった。このコンサートの写真が上手く撮れなかったので、昼間にうろついたウイーンのドームで名高いカールス教会と楽友協会の変わらぬ姿を掲載しておこう。


       このシフのコンサートは、ザルツブルグで行なった彼のコンサートと同一プログラムであり、どうやら毎年恒例のようであった。シフの自前のオーケストラであるカペラ・アンドレア・バルカ(CAB)は、アーノンクールのウイーン・コンチェントウス・ムジクス(WCM)と同様に、コンサートマスターはエーリッヒ・ヘーベルトであり、その隣に白髪の塩川ゆう子さんが見えているのも指定席のように思われた。
       最初のハイドンのピアノコンチェルトは、1780年の作であるからモーツァルトの影響よりもクリステイアン・バッハの影響が強いと思われるが、なかなか立派な曲であった。続く「プラハ」交響曲K.504は、シフはやはり指揮が好きだと思わせる彼のピアノ以上に歌わせる場面が多く、最初の序奏から丁寧に指揮をしており、ソナタ形式の繰り返しもキチンと行なわれていた。休憩を挟んで、次はハイドンの時計交響曲であったが、この曲は1794年の作で当然、モーツァルトの影響を受けており、堂々たる二管編成で、第2楽章の強弱のコントラストが見事で、メヌエットには第2トリオがあったりして、こうして真面目に聞いたことがなかったので、非常に立派な曲であると感心した。
       最後のピアノ協奏曲イ長調K.488は、シフは指揮に夢中になって開始されていたが、ピアノもますます堅実で立派であるが、何となしに上手くやっているという通常の出来映えであった。この曲はひたすら美しい曲なので、丁寧に弾いていればそれで良いかも知れないが、何となく指揮に熱心な余り、ピアノの集中力が不足しているような感じを受けた。
        アンコールは、バルトークの子供ための小品集の1曲か。面白いピアノの響きを聴かせて大拍手のもとにコンサートは楽しく終了していた。


8、ウイーンフイルの二つのコンサートから−交響曲第39番、第40番、第41番−
−ウイーンフイルの三大シンフォニーを連続して聴けるなんて、まるで夢のよう−

(1)2月1日(水)ウイーンフイル演奏会−ザルツブルグ祝祭大劇場、17:30開演、 指揮者;Y.N.セガン、(曲目)1、交響曲第39番変ホ長調K.543、2、ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488、ピアノ;M.J.ピリス、3、交響曲第40番ト短調K.550、

(2)2月4日(土)ウイーンフイル演奏会−ザルツブルグ祝祭大劇場、17:30開演、 指揮者;アダム・フィッシャー、(曲目)1、ハイドン、交響曲第103番変ホ長調「太鼓連打」(1795)、2、チェロ協奏曲第2番ニ長調(1783)、3、モーツァルト、交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」(1788)、

     ウイーンフイルの三大シンフォニーを連続して聴けるなんて、こんな夢のようなことがあるのだろうか。しかし、私の記録では、日本のサントリーホールで、あのモーツァルトイヤーの年にアーノンクールの指揮で実現(7-3-1)している。しかし、ライブでは、私はこれが初めてである。ウイーンフイルは、最近になってコンサートマスターや、各パーツの首席も時代とともに(定年65歳)若返りを見せているが、弦楽合奏、特に第一ヴァイオリンの柔らかな美しさや、オーケストラとしての全体のまとまりの良さなどは図抜けており、これはベーム時代から約50年経っても変わらずに、伝統的に引き継がれているようだ。この第一ヴァイオリンを絹のようなとか、ビロードのようなとか形容する方もいるが、今回も座席が2列目、3列目の中央であったので、良く聞えていた。しかし、この席では、残念ながら、全体を見渡すことが出来ず、例えば、コントラバスが何台かとか、クラリネットがいたかなど木管楽器の位置が見えず、40番は第2版だと思っているが、目で確かめることは出来なかった。


     今回の指揮者は、ヤニク=ネゼ・セガン(1975〜)が第39番と第40番を、またアダム・フィッシャー(1949〜)が第41番を振っていたが、彼は今回の旅行の初日のウイーンフイルの「ドン・ジョヴァンニ」を振っており、2度目のお付き合いであった。
     セガンは、最近のNHK音楽祭でフィラデルフイア管を引き連れて録画した記憶ががあるのであるが、モーツァルトを恐らく演奏していないので、その記録が残念ながらこのHPに残されていない。しかし、調べて見たら、2010郵船旅行でザルツブルグの「モーツアルト週間」に参加してという文章があり、 その4項目に祝祭大劇場におけるネゼ=セガン指揮ウイーンフイルの「レクイエム」と題して報告記事があったので、ご参照いただきたい。このコンサートでは、セガンは、第一曲はジェルジ・クルターグ(1926〜)作曲のロシア語による合唱とオーケストラのための「絶望と悲しみの歌」作品18とあり、第二曲が「レクイエム」であったが、その1曲目は私が初めて耳にした超現代曲であった。それと対比するように、「レクイエム」が演奏されており、これはどんな演奏でも素晴らしい曲に聞えるはずであったが、超一流のオペラ歌手とウイーンフイルだったので、テンポが私の標準より早かったが、感動した記憶がある。


     第39番は、最初の序奏がピリオド奏法的であったが、それ以外はまずまずの出来映えか、やはりテンポが早いのが好きではないが、この人らしくメリハリをきかせた元気の良い演奏であり、ウイーンフイルの音が聞えていた。

     第二曲は、当初はテノールのR.ヴィラソンのコンサート・アリア集で、K.420、K.431、K.36、K.21、の4曲が歌われるはずであったが、急遽、風邪のため出場不能となった。これまでこの音楽祭では代役が多くあったが、このアリア集を歌える人はいなかったのであろう。アナウンスでは、第2曲の変わりの演奏として、昨夜、ピアノ協奏曲第21番を弾いたピリスが、急遽、第23番のピアノ協奏曲を弾いてくれるという。さすがピリスは、音合わせなど出来なかったであろうが、堂々と登場して、第23番を弾いてくれたが、何とこの曲はウイーンで聴いたシフとの聞き比べの形となった。
     ウイーンフイルの第一楽章の主題提示部は、堂々として正統的な落ち着きのあるテンポでしっかりと演奏され、それを受けたピリスのスタインウエイの音は、私のピアノの真ん前の席では実に輝かしく聞え、素晴らしいパッセージが流れて、まさにライブでピアノを聴く最高の妙味を味わったような気がした。ピリスは、スコアを見ていたかどうか見えなかったが、実に、集中力の高い密度の濃いピアノを響かせていたと思う。
     一方のシフの演奏は、彼のベーゼンドルファーはピリスほど強烈ではなく、無難に弾いていた感じであり、彼はオーケストラの指揮に気を取られて、ピアノにピリスほど集中できていなかったような印象であった。

      セガンの指揮から話がそれたが、彼の第40番は、テンポが早すぎて、ウイーンフイルを振るのであれば、もっと大きく伸びやか振って欲しかった。この曲は、アーノンクールが伝統的奏法を嫌って、ウイーン交響楽団を飛び出して以来、ピリオド奏者たちが競って、早いテンポで振る様になってしまったが、そろそろ昔のテンポで振る幅の広い指揮者がウイーンフイルを振って欲しいと思うようになった。

      続いて日が変わって、アダム・フィッシャーとウイーンフイルの「ジュピター」交響曲K.551に移らなければならないが、このHPとアダム・フィッシャー(弟の指揮者イヴァン・フイッシャーと区別しなければならないが)との関係について、一言述べておこう。彼のこのHPへのデビューは、 2006年ザルツブルグ音楽祭におけるマンハイム国立 歌劇場管弦楽団、ダーフィート・ヘルマン演出の2幕のセレナータ「アルバのアスカニオ」K.111のDVD(M22)(7-4-3)であり、その時は新しいものをやる新進気鋭の指揮者であると思った。続いての登場は、2009年ザルツブルグ音楽祭からのフィッシャー指揮グート演出の「コシ・ファン・トッテ」K.588(11-1-2)の最新のBDであり、これはウイーンフイルの音がしっかりと良く響き、歌手陣もミア・パーションはじめまずまずの歌を歌っていたが、演出が超モダンな衣裳や室内で、活気のある舞台ではあったが、海が見えず、変装もろくにせず、軍服も剣も見当らない「コシ」の象徴が見当たらず、私には矢張り何となく物足りない室内劇に終わっていた。


      フィッシャーとの3度目のお付き合いは、2010年2月のウイーン・シュターツ・オーパーのシモーネ演出の「ドン・ジョヴァンニ」であり、この時はスター歌手がいなかったが、日本人の甲斐栄二郎さんがマゼットを歌っていて、面白いと思った。この記録は先ほどの旅行記のウイーン版の第5項目目に写真入で報告してある。そのためアダム・フィッシャーとのお付き合いは、今回の2度目の「ドン」で4度目、ジュピターで5度目というライブの方が多い珍しい指揮者となっている。これまでの彼の印象は、ウイーンフイルが殆どであるが、まずまずの無難な指揮をしており、それが彼の特徴であると言えようか。
      今回のジュピター交響曲は、良くウイーンフイルをそつなく鳴らし、堂々たるジュピターであると感じ、まずまずの出来であり、アバドやアーノンクールと言った個性的指揮者がいない以上、これ以上のことを望むのは無理であろうと感じている。ジュピター以上に感心したのは、ハイドンの「太鼓連打」交響曲であり、ウイーンフイルでまともに真面目に聞くと、この作品は響きの上でジュピターを超える面があり、ジュピターの7年後の作品なので、ハイドンはモーツァルトの良いところの影響をもろに受けていると感じてきた。


9、あとがき−81歳の誕生日にこのレポートを書いて−

      81歳の誕生日を今日向かえて、時差と闘いながらHPに記録を残している姿に驚かれるに違いない。お陰さまで、私は健康に恵まれ、女房にも理解を得て、好きな音楽に全てを没頭できて、好きなことが出来る自分を幸運であると思っている。しかし、今回の旅行で、まだまだ凄い先輩と海外旅行を楽しむことが出来たことに驚いている。87歳の高知から来た方は、奥さんを亡くしながら実に健康であり、一人で飛行機を乗り継ぎ、パリで優雅な一時を過ごす多彩な方だった。また、85歳の水戸から来たお医者さんご夫婦は、今回の旅行で2度目の再会であったが、お二人揃ってまだまだお元気であり、現職を続けておられるのが何よりの健康法であろうと思った。そのため、私はもう一息のHPを完成させ、さらに来年のM週間は「バッハとモーツァルト」なので、もう一回、このような音楽ずくしの体験をしたいと、夢がふくらむようになった。

         この報告は、今回の旅行の前編であり、次回この「ウイーン編」よりももっと興奮したことが多かった「ザルツブルグ編」を書かねばならない。その時に,この旅行のあとがきをもう少し丁寧に書きたいと思っているので、宜しくお願い申しあげたい.

    最後に帰国後2月20日発売の「レコード芸術3月号」の海外楽信のウイーン版(p-217)において、今回、われわれが見た「ドン・ジョヴァンニ」の指揮者アダム・フィッシャーが、このたびウイーン国立歌劇場の「名誉会員」に指名されたと報じられており、今回の「ドン」の上演がきっかけになったとされていた。フィッシャーはこの劇場で、26の作品を300回上演した実績があり、彼は「今回の名誉会員指名は、信じられない名誉だ」と語っていた。われわれは、彼とウイーンフイルの「ジュピター」交響曲もザルツブルグで聴いており、あとがきででご報告することになって恐縮であるが、心から彼の功績をお祝いしたいと考える。                    (以上、2017/03/05追記)


(以上)(2017/02/09)



目次5にもどる 目次4にもどる
目次3にもどる 目次2にもどる
目次1にもどる 私の新ホームページへ


                                      名称未設定